入力換算雑音(EIN)とは
※入力換算雑音(Input Referred Noise)=等価入力ノイズ(Equivalent Input Noise)
入力換算雑音(EIN)とは、マイクプリアンプなど、オーディオ機器の性能を表す際の非常に重要なパラメータの1つです。
アンプの出力で測定したノイズに対して、アンプのゲインで割った値をEINとみなします。
(アンプ内部では必ず様々なノイズ成分があるので、それら全てをアンプの入力箇所で発生したものと仮定しEINで表します。)
例えば、アンプ出力ノイズが-80dBuで、アンプのゲインが40dBだったら、EINは-120dBu (-80-40)と換算します。
アンプのEINが、入力される信号(又はノイズ)レベルよりも大きいと、信号(又はノイズ)はアンプ内部のノイズに埋もれてしまい、アンプは入力信号(又はノイズ)を劣化させて出力することになってしまいます。
※ノイズの劣化とは、例えばアンプにマイクが接続されていて、声などの音をマイクに入れていない時に、小さい音で「ザー」って鳴っているものが、アンプ内部のノイズに埋もれ、大きな「ザー」って音になってしまうってことです。
「それじゃあ入力信号レベルに対して、どのくらいのEINにすればいいの?」って思いますよね。以降に最適なEIN設定の考え方を記載します。
最適なEINは
アンプのEINが、入力される信号レベルやノイズレベルよりも大きいとダメと書きましたが、同じなら良いってもんでもないです。
ここからは入力信号をノイズで考えます。
ノイズの合成は、足し算ではなく、以下の式のように2乗和の平方根で計算します。
$${合成ノイズ}=\sqrt{{入力ノイズ}^2+{EIN}^2}$$
よって、EINと入力ノイズが同じなら、合成ノイズは入力ノイズに対して3dB悪化してしまいます。
※合成の計算は、dBuなどの単位の場合、一旦電圧の実効値(Vrms)などに変換して計算します。
$${V_{rms}}=10^{\frac{dBu}{20}}\times{0.775}$$
下表に入力ノイズレベル固定で、EINを変えていった場合の合成ノイズと悪化レベルを示します。
※実際のノイズは周波数特性を持っているため、表のような単純な計算にならないケースが多いのですが、目安としての考え方は問題ないです。
EINは、入力ノイズよりも小さければ小さいほどいいですが、実際に実現するには困難であったり、コストが高くなったりとハードルが高いです。
落とし所として、表のNo.3であれば悪化が約1dBであり、問題ないレベルと言えます。
よって、最適なEINは、入力される信号(又はノイズ)レベルに対して、6dB小さい値にする(6dBマージンを持つ)のが適当だと考えます。
No. | 入力ノイズ[dBu] | EIN[dBu] | 合成ノイズ[dBu] | 悪化[dB] |
1 | -100 | -100 | -96.99 | 3.01 |
2 | -100 | -103 | -98.24 | 1.76 |
3 | -100 | -106 | -99.03 | 0.97 |
4 | -100 | -109 | -99.49 | 0.51 |
5 | -100 | -120 | -99.96 | 0.04 |
製品実例の考察
市場で売られているマイクプリアンプやミキサーなどの製品仕様には必ずEINが記載されており、大半の最良スペックは以下となっています。
-128[dBu] (条件:最大ゲイン, RG=150Ω, A-Weighted)
※条件詳細
→最大ゲイン:
ゲイン最大の時が最良のEINとなるため(ゲインを決める抵抗が最小の時であり、熱雑音が最も小さい)
→RG=150Ω:
マイクが接続された想定での測定のため(マイクの出力インピーダンスは150Ω程度)
→A-weighted:
人間の耳の特性を反映したオーディオ測定に適用されるフィルタで、ノイズ測定値は良くなります
なぜ-128[dBu]に設定されているのか考察してみます。
まず、マイクが出力するノイズを考えます。
代表的なマイクの特性を下表にまとめました。出力ノイズレベルは、感度とS/Nから算出しています。
No. | 形式 | 型名 | メーカ | 感度[dB 1V/Pa]* | S/N[dBA re:Pa] | 出力ノイズ[dBu] |
1 | ダイナミック | SM57 | SHURE | -56.0 | 76.0 | -129.79 |
2 | ダイナミック | SM58 | SHURE | -54.5 | 77.6 | -129.89 |
3 | コンデンサ | NT1-A | RODE | -32.0 | 88.0 | -117.79 |
*1Pa = 94 dB SPL
ダイナミックマイクの出力ノイズレベルは非常に小さいですね。
そこで、実際に製品を使用する状況を考えてみます。
周囲の環境騒音が小さく静かな録音スタジオでマイクを使う場合、スタジオの無音時の音圧は26[dB SPL]程度です。(実際に騒音計で測定しました。)
上表にも示しているマイクの感度は、1Pa = 94[dB SPL]時の値であるため、そこから68dB下がった出力レベルを算出すれば、スタジオでの無音時にマイクが出力する環境騒音を含んだノイズが分かります。
No. | 形式 | 型名 | メーカ | 感度[dB 1V/Pa] | 出力レベル[dBu] | |
1Pa =94dBSPL | 0.0004Pa = 26dBSPL | |||||
1 | ダイナミック | SM57 | SHURE | -56.0 | -53.79 | -121.79 |
2 | ダイナミック | SM58 | SHURE | -54.5 | -52.29 | -120.29 |
3 | コンデンサ | NT1-A | RODE | -32.0 | -29.79 | -97.79 |
この結果から、実際に使用する環境において、マイクが出力する周囲の環境騒音を含むノイズは、最小で約-122[dBu]と想定できます。
よって、上述した最適なEINマージン6dBを当てはめると、EIN:-128[dBu]となります。
マイクプリアンプやミキサーなどのEINは、この値を最適値として設定しているのではないかと思います。
それに、実際に回路を設計してみると、EIN:-128[dBu]は仕様的に結構限界のスペックです。
別の機会に、低雑音プリアンプ回路の設計に関する記事を作成したいと思います。